組織がイノベーションを生み出す仕組みである「IMS(イノベーション・マネジメントシステム)」のパフォーマンスを測定することは、イノベーション活動の有効性を評価し、改善点を特定し、継続的な成長を促進するために不可欠です。
それだけでなく、IMSのパフォーマンスを測定することは、管理者に多大なメリットをもたらします。
例えば、イノベーション活動の成果を客観的に評価して改善点を特定するために客観的な評価ができるようになったり、データに基づいた意思決定やリソースの最適な配分を可能にするといった戦略的な意思決定を可能にします。また、個別のイノベーション活動の成果に対する説明責任の向上の面でも、エビデンスベースでのイノベーション活動に対する説明が可能となることで、ステークホルダーからの信頼を得ることができるでしょう。さらに目標達成に向けた進捗状況を可視化できることで、従業員のモチベーションを高めることができ、イノベーションの現場に対する影響も大きいものがあります。
今回は、ISO56001におけるIMSのパフォーマンスを測定するために必要な指標、それらの指標を準備することの管理者にとってのメリット、要件を満たすための方法、具体的な指標の種類と準備、そして一般的な問題とその対策について解説します。
なぜISO 56001において「IMSパフォーマンスの測定」が重要なのか?
イノベーションを生み出す仕組みとして多くの企業が独自の取り組みをしていると思いますが、自分たちだけで考えて仕組みを作っても正しくイノベーションを起こせるかどうか不安ですよね。
でも、そのような企業のために標準的な仕組みを提供している組織にISO(「International Organization for Standardization(国際標準化機構)」の略)があります。ISOでは製品やサービス、システムなど幅広い分野で国際的な共通ルール(ISO規格)を策定し、世界中で品質やレベルを統一することで国際取引を円滑にする非営利組織で、イノベーションを起こす仕組みやマネジメントシステムについても、標準的なルールを提供しています。
それが、ISO56001という規格であり、組織がイノベーションを効果的に管理するためのフレームワークとして2024年に発行されました。ただ、仕組みを作ってもその仕組みが効果的に動いているかどうかを測定できないと、間違った仕組みのままとなってしまい、管理者の負担だけ増えるだけで全く意味がないものになってしまいます。そのため、ISO 56001の中でもパフォーマンスを評価するルールが記載されているので、今回は、その内容に従ってパフォーマンスを評価するためにどのようなことを準備すればいいのかを考えてみましょう。
「組織は、イノベーションマネジメントシステムのパフォーマンス及び有効性を評価しなければならない。評価の結果は、システムの継続的改善、及びイノベーション活動の進捗を確実にするために活用されるべきである。」
書籍・論文名: ISO 56001:2024 Innovation management — Innovation management system — Requirements 著者: International Organization for Standardization (ISO) URL: https://www.iso.org/standard/83604.html
イノベーションを可視化する「4つの指標」:インプットからインパクトまで
イノベーションの測定には、資源投入(インプット)、活動の効率(スループット)、直接的な成果(アウトプット)、そして最終的な経済的・社会的影響(インパクト)の4つの側面を考慮することが、包括的な理解のために必要であるとされています。また、 『通商白書2024』によると、日本企業におけるイノベーション創出に向けた取り組みでは、ステージゲート法などのプロセス管理指標を導入し、各フェーズでのKPIを明確化することが、研究開発投資の効率化に寄与していると言われています。
ただ、 ISO56001では、具体的な指標は規定されていませんので、組織の状況に合わせて適切な指標を設定する必要があります。以下に、一般的な指標の例をいくつか示します。
ちなみに、これらの指標は組織のイノベーション戦略や目標に合わせてカスタマイズする必要があります。例えば、短期的な収益向上を目指す場合は、アウトプット指標を重視し、長期的な競争力強化を目指す場合は、インパクト指標を重視するなどの調整が必要です。
インプット指標:
会計システムや人事システムからデータを収集し、イノベーション活動に関連する費用や人員を特定します。
- ・イノベーション活動への投資額(研究開発費、人材育成費など)
- ・イノベーション活動に携わる従業員数
- ・アイデア創出のためのワークショップやイベントの開催数
- ・外部機関との連携数(大学、研究機関、企業など)
スループット指標:
プロジェクト管理ツールやアイデア管理システムを導入し、アイデア創出から製品化までのプロセスを可視化します。
- ・アイデア創出数
- ・アイデアの評価
- ・ステージゲート通過時間/停滞時間
- ・選定プロセスにかかる時間
- ・プロトタイプ作成数
- ・潜在顧客との接触回数
- ・潜在顧客からの評価
- ・パイロットテスト実施数
- ・プロジェクトの成功率
アウトプット指標:
特許管理システムや販売管理システムからデータを収集し、特許出願数や新製品・サービスの売上高を把握します。
- ・特許出願数
- ・新製品・サービスの開発数
- ・売上高に占める新製品・サービスの割合
- ・顧客満足度
- ・市場シェア
インパクト指標:
顧客満足度調査や従業員満足度調査を実施し、収益性や生産性、ブランドイメージの変化を測定します。
- ・収益性の向上
- ・生産性の向上
- ・ブランドイメージの向上
- ・従業員のモチベーション向上
- ・社会への貢献
【引用:イノベーション指標の分類とフレームワーク】 書籍・論文名: Oslo Manual 2018: Guidelines for Collecting, Reporting and Using Data on Innovation, 4th Edition 著者: OECD/Eurostat URL: https://www.oecd.org/en/publications/oslo-manual-2018_9789264304444-en.html
ISO 56001の要件を満たす5ステップ:戦略策定からデータ収集・評価まで
ISO56001の要件を満たすためには、以下のステップを踏むことが重要です。
1.イノベーション戦略の明確化:
組織のイノベーション戦略を明確にし、具体的な目標を設定します。戦略と紐づいた具体的な目標が立てられれば、目標を達成することで実現する戦略が実行できるはずです。目標は個別のイノベーション活動の目標の集合体によって形成されるので、多面的な視点を考慮して目標を設定することが重要です。
例えば、「10年内に医療分野で〇〇に関する新規事業を立ち上げて10億円の売上を達成する」といった感じです。
2.適切な指標の選定:
自動車で移動するとき、目的地に時間内にたどり着けるかどうかを考えてみましょう。この時、「目標」とは目的地で、「指標」とは途中の経由地や速度などの、計画通り実行できているか状況がわかるメーターなどです。イノベーション戦略に基づいた目標に、計画通りたどり着けるかどうかを判断できるような指標(メーター)を設定しましょう。
例えば、「お金を払ってでも買いたいといった顧客ニーズを見つけ、3年以内にベータ版をリリースし10件以上のフィードバックを得る」といった感じです。
3.データ収集体制の構築:
指標を測定するために必要なデータを収集するための体制を構築します。目的地に時間内にたどり着けるか指標を設定しても、計測できないと意味がありません。そのため、測定するための仕組みが必要となります。できれば自動的に測定できる仕組みを構築することが理想です。
例えば、「ビジネスアイデアを投稿し潜在顧客を探索できるツールを利用して月次の社内外のコミュニケーション回数と進捗内容を記録する」といった感じです。
4.データ分析 and 評価:
収集したデータを分析し、イノベーション活動の成果を評価します。自動車の例でいえば、目的地に向けて順調に進んでいるのか、障害物はないか、迂回する方法はあるか、目的地自体を変えるべきなのかといったことを分析します。意思決定に必要な情報を一目で確認できるように工夫することが重要です。
例えば、「集計ツールを利用してステージゲート毎のプロジェクト数やプロジェクト単位での関与人数や顧客数などの全体傾向や、外部の専門家やAIの意見をもとに分析する」といった感じです。
5.定期的な見直しと改善策の実施:
評価結果に基づいて、改善策を実施します。定期的に、状況に合わせてプロジェクトのステージに応じた支援やシステム全体の改善を実施します。必要に応じて、プロジェクトの発足や中止、ピボットや統合も必要かもしれませんし、指標を計測する仕組みの構築や自動化を検討します。
例えば、「過去3か月ステージ停滞しているプロジェクトに対しては必ず外部支援の必要性を検討することや、専門家によるヒアリングを実施する」といった感じです。
よくある失敗と対策:既存事業のKPI(ROI)に縛られない評価のポイント
イノベーションを起こそうとしている多くの企業で、既存事業と同じ財務的KPI(ROIなど)を適用して失敗しています。
新規事業の場合は、不確実な段階では『学習率』や『仮説検証の質』を測定すべきであるにも関わらず、売上や利益などで評価しようとしてしまうからです。
これらの問題を解決するためには、新規事業に適した指標を設定することが重要であり、計測することが不可欠です。
また、IMSパフォーマンス測定においては、データ収集し分析するための仕組みがないことが問題として挙げられます。そのため多くの企業では、イノベーション活動の状況分析ができなかったり、イノベーション担当の管理者に多くの負担がかかっているのが現実です。
それ以外にも、イノベーション戦略と目標、指標との整合やその結果を従業員使えるコミュニケーションに関する問題もありますが、データを収集して分析するための仕組みができていれば、そのデータを活用することで多くの課題が解決できます。主に、以下のような問題が発生する可能性があります。
一般的には、企業には財務会計システムが存在しているため、新規事業やイノベーション活動に関しても財務またはROIに関する指標は比較的計測できるものです。
しかし、プロジェクトの進捗状況に関しては、通常のプロジェクトマネジメントツールでは計測できないことが多いようです。それは、新規事業ではステージゲートで進捗管理する必要があるためともいわれています。したがって、顧客との接触回数、潜在顧客からの反応やコミュニケーションの頻度、社内スタッフからの知見の獲得回数、ステージゲート毎の活動内容の記録と共有や日常活動の活動履歴の活用といった視点ではほぼできていないのが実情です。
ISO56001におけるIMSパフォーマンス測定は、組織のイノベーション活動を効果的に管理し、継続的な成長を促進するために不可欠な要素ですが、適切な指標を選定しデータ収集体制を構築し、定期的に評価・改善を行うことが最重要です。
パフォーマンス測定には様々な視点で戦略、目標、指標を設定するだけでなく、指標を測定するための仕組みづくり、特に自動化することでイノベーション担当の管理者の負担を減らしつつ、効率的なIMSを維持することができるはずです。その結果、組織はイノベーションの成果を最大化することができるでしょう。