今回は、将来的に起業を漠然と志している人のために、現在の会社で戦略的にどのような新規事業経験を積めばよいかを、いろいろな文献を論拠に分析たいと思いします。
起業するためにも会社でいろんな経験を積んだほうがいいと思っている方も多いと思います。確かに社内での経験は「低リスクでの実践トレーニング」となり得ますが、ここでは、実際の実務が企業にどう役立つのか、何をしておけばいいのかをざっくりと整理して、学術・公的資料や権威ある書籍の主張の根拠をもとに解説したいと思います。
1. なぜ社内での新規事業経験が起業に役立つのか
起業とは「アイデア→事業化→成長」の連続であり、この一連のプロセスは社内新規事業の立ち上げプロセスと本質的に重なります。
以下の研究では、起業家の“過去の経験”が、新事業の初期パフォーマンスに有意な影響を与えることを示しています。社内での企画・実行経験は、起業時に必要な意思決定や事業計画立案の精度を高めます。
“Entrepreneurs' prior experiences significantly influence early-stage performance.”
Chen S. et al., Impact of entrepreneurs' prior experience on their new ventures (2024).
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/forgp.2024.1435134/full. Frontiers
さらに、古典的な研究でも「過去の知識(職務経験・教育など)が機会発見に影響する」ことが示されており、業務で得た知見が起業アイデアの発見源となることが確認されています。
“Prior knowledge shapes the discovery of entrepreneurial opportunities.”
Shane, S., Prior Knowledge and the Discovery of Entrepreneurial Opportunities (2000).
https://pubsonline.informs.org/doi/10.1287/orsc.11.4.448.14602. INFORMS Pubs Online
2. 関わるべき新規事業の選び方(実務的視点)
起業に直結する市場や技術分野を選ぶのが理想ですが、それ以外にも多くの視点を持って新規事業に取り組み、スキル獲得を目指すことが重要です。
例えば、会社の中でどのような新規事業を立ち上げるかを考えるとき、以下の観点に気を付けながら取り組むことが重要と言われています。
- 事業規模: 小規模プロジェクトは事業全体を俯瞰しやすいので、意思決定と実行の両方を経験できます。
- 事業フェーズ: アイデア創出→PoC→立ち上げ→スケールのすべての流れや意思決定を経験できることが理想です。
- 役割の広さ: 企画・営業・マーケ・開発・財務の業務を一通り経験することは、起業後の総合力になります。
- 業界の新しさ: 未整備な領域は試行錯誤が多い反面、学びの密度が高くなります。
これらの選定基準は、以下のOECDで分析したイノベーション実務で広く推奨される分析結果とも整合します。特に技術・社会トレンドを体系的に把握することは高パフォーマーの特徴です。
“High-performing innovators systematically scan technological and societal trends.”
OECD, STI Outlook 2023.
https://www.oecd.org/publications/oecd-science-technology-and-innovation-outlook-2023_0b55736e-en.pdf. OECD
3. 社内の新規事業で意識的に、最優先で学ぶべきスキル
実際に社内で新規事業に携わるとき、具体的には、次のようなスキルや習慣を意識して身に付けるよう心掛けて取り組んでいると、起業時に即効力があると言われています。
3-1 顧客発見力
顧客の課題を定性的・定量的に掘る習慣が最重要と言われています。
実際に顧客に会い、観察し、仮説を壊していくプロセスを繰り返しましょう(以下の“Get out of the building”の精神)。
“Get out of the building: Why, when, and how to interview your customers”
https://medium.com/uncorkcapital/get-out-of-the-building-35b546fecc15.
3-2 仮説検証力
ぜひ、仮説を立て、MVPを作って、計測・学習を素早く回す手法を身につけましょう。
仮説検証力があれば、失敗コストを下げつつ学びを最大化できます。リーン・スタートアップの“Build–Measure–Learn”はこの考え方を簡潔に示しています。
“Build-Measure-Learn feedback loop is at the core of the Lean Startup model.”
Ries, E., The Lean Startup.
リーン・スタートアップ (抜粋).
3-3 PDCA/アジャイル的改善サイクル
短いサイクルで計画→実行→評価→改善を回す習慣は、変化に強い事業を作る基礎です。データを指標化し、客観的に判断できる習慣を育てましょう。
3-4 リスク管理とピボット判断
データに基づく撤退/方向転換(ピボット)は、資源を無駄にしないために重要です。意思決定基準をあらかじめ設定しておくことをおすすめします。
4. 今の会社で新規事業に関わるためのはじめの一歩
以下は実践しやすい手段です。もしこれらのいずれかが実践できそうであれば、積極的に動いてみることが将来の起業家への近道です。どれか一つに偏らず、複数を組み合わせて経験機会を増やしていきましょう。
- ・社内公募に応募する: アイデアを社内制度で出す(採択されれば実務経験へ)。
- ・異動を希望する: 新規事業部門やR&D、営業企画へ移れると学びが加速します。
- ・社内プロジェクトへ参画: 横断チームで実務を経験することで実行力が養われます。
- ・勉強会やワークショップを開催する: 自ら学びを主導すると知識と人脈が同時に得られます。
- ・自分でできる範囲で活動: MVPを作り自分のアイデアを自分で試すと学習が早くなります。
これら以外でも、会社によっては社内ベンチャー制度や社内公募制度があり、これらを活用すると“低リスクの起業実践”が可能です(企業が孵化器のように機能する事例が増えています)。
(制度を活用した事例・研究)“Corporate contexts increasingly act as incubators for spin-outs and employee entrepreneurship.”
関連研究・ケーススタディ(企業内新事業の制度的効果に関する総括)。
5. 新規事業経験を起業に活かすための“勝ち筋”
実務以外にも会社にいてできることはあります。自分の経験を“資産”に変えるために、起業する前に以下を意図的に準備しておくと心強いと思います。
5-1 ネットワークの構築
プロジェクトで得た人脈(技術者、営業先、外部パートナー、投資家候補)は後の大きな支援源です。関係性は、起業後の協力体制やリソース調達に直結します。
5-2 メンターを見つける
経験者からの助言は、意思決定の質を高めます。早い段階から定期的にフィードバックをもらう仕組みを作ってください。
5-3 コミュニティ参加・情報収集
起業家コミュニティや業界カンファレンスに参加し、最新の市場動向や実務ノウハウに触れてください。これは市場変化への早期対応力を高めます。
5-4 継続的自己投資
スキル(財務、マーケ、プロダクト、契約関連など)の学習を継続し、必要に応じて短期的な研修や講座を受講しましょう。
学術的にも「多様な職務経験や成功・失敗の蓄積が起業準備に寄与する」ことが示唆されています。経験の“幅”と“深さ”の両方を意図的に積むことが重要です。
“Prior work experience and diverse exposure are correlated with later entrepreneurial intentions and outcomes.”
各種メタ分析・研究(要旨) — Shane (2000)、Chen et al. (2024)、各種メタ分析。 INFORMS Pubs Online
6. 自分のアイデアを試してみる実務テンプレ
実際に自分のアイデアを持っていて、MVPやプロトタイプを作れるのであれば、実際にやってみたほうが一番の近道です。
以下は、参考例として短期でできる基本ステップを例示してみます。大変ざっくりしていますが、最初はこのくらいの感覚でもいいので、結果を恐れずに自分で計画を立てて動いてみることをお勧めします。
6-1. アイデアだし、整理
ユーザーは何に困っているのか?どう課題を解決するのか?メリットは何か?といった仮説を考えましょう。課題を論理的に整理してみたり、お客様像をわかりやすく書き出してみましょう。
余裕がある人は、実際に動かなくてもいいので、ユーザーが触れたりイメージを沸かせることができるものを作りましょう。ハードウェアであれば段ボールなどでもいいですし、サービスであれば 簡単なLPでもいいです。
6-2. インタビュー
仮説を文章や絵にしてみましょう。その絵を見てもらって、身近な人にインタビューをしてみましょう。もし実際に触れたりできるものがあれば一番いいですが、無理して準備する必要はありません。インタビューは10件もできればいいと思います。学びをまとめて仮説をブラッシュアップしたり、精度を高めましょう。
6-3. MVP(最低限の実験)を実施
最低限必要な機能が実際に動くものを作ってみましょう。これらを実際に見てもらってユーザーの反応を確認しましょう。自分で作れない場合は作れる人の協力が必要ですので、社内でいろんな伝手を使って人脈を広げてみましょう。
MVPは可能な限り何度も試して、ユーザーの良好な反応が得られれば、最高の説得材料になるはずです。
6-4. PoC提案 or 社内実装
MVPで良好な感触を得られたらPoCができないか相談してみましょう。PoCの結果をもとに、上司へ正式提案して、継続、拡大の判断を仰ぐと事業化に向けて大きく前進できると思います。
これらはリーン/アジャイルの考え方に基づいた実行計画です。短い学習サイクルを連続して回すことが、実践的な力を短期に高めます。
“Small, fast experiments are more valuable than large, slow projects in early-stage innovation.”
Lean Startup / Agile principles — Eric Ries 他.リーン・スタートアップ (抜粋).
まとめ
「いつか起業したい」と考える方にとって、現在の会社は低コストで実践的な訓練場です。社内で得られる「経験」「人脈」「実績」は、起業後の成功可能性を高める重要な資本となります。学術研究や国際レポートも、経験の蓄積と体系的な学習が起業パフォーマンスに寄与することを支持しております。まずは小さな仮説検証を繰り返し、データに基づき意思決定する習慣を身につけましょう。