新規事業担当者やイノベーターは、組織の中で新しい価値を創造するという重要な役割を担っていますが、その過程でしばしば孤独を感じることがあります。
今回は、新規事業担当者やイノベーターが、どのような状況で、なぜ孤独を感じるのかを掘り下げ、その要因を分析してみました。そして、この孤独を乗り越え、より創造的な活動を促進するために何ができるか考えてみます。
1. 新規事業担当者・イノベーターが孤独を感じる瞬間
新規事業担当者やイノベーターが孤独を感じる瞬間は多岐にわたりますが、主なものとして以下の状況が挙げられます。
アイデアの創出段階
新しいアイデアを生み出すには、既存の枠組みにとらわれない発想が必要です。しかし、革新的なアイデアを持つ人ほど、周囲に理解者が少ないことがあります。内勤型イノベーター(イントレプレナー)に関する研究でも、彼らは社内フォーラムや非公式チャネルで高度な言語構造を使い、新しい概念を持ち込む傾向がある一方で、社内コミュニケーションの中で孤立しやすいという指摘があります。
「イノベーターは(社内)フォーラムでより複雑な言語を使い、新しい概念を導入するが、他従業員とは異なるネットワーク行動を示す」
— The language and social behavior of innovators, A. Fronzetti Colladon, L. Toschi, E. Ughetto, F. Greco arXiv
社内での理解不足
保守的な組織文化を持つ企業では、新規事業担当者が社内で理解を得られず孤立することがよくあります。ITmediaの報道によれば、大企業におけるイントレプレナー(社内起業家)は「既存事業の成功体験や慣習」によって、新たなチャレンジが評価されにくい構造的な壁に直面しており、それが孤独感の背景になっていると指摘されています。
「イントレプレナーは社内の孤立無援の状況で、市場の厳しい現実に立ち向かわなければならない」
— ITmedia News(著者:アドライト) ITmedia+1
失敗への恐れ
新規事業にはつきもののリスクと不確実性。失敗したとき、自分一人に責任が集中しやすいという感覚が孤独を深めます。このような心理的重圧は、経営者やリーダー層によく見られる「孤独感」の根源とも重なります。経営者が孤独を感じる原因として、「視点の違いや相談相手の不在」が挙げられる例もあります。
「経営者は悩みを気軽に相談できず、強い孤独感を抱えることが多い」
— ツギノジダイ(米澤智子) ツギノジダイ
成果が見えにくい時期
新規事業は成果が出るまで時間がかかることが多く、その間に「自分のやっていることは意味があるのか」と不安になるフェーズがあります。職場での孤独感に関して、産業精神保健分野では「求める人間関係と実際の人間関係の差」が孤独を生む主観的体験であると定義されており、これは新規事業担当者が感じる持続的な不安と親和性があります。
「仕事における孤独とは、労働場面において求める人間関係と実際の人間関係との差があり,これを埋めることができない状況からくる不快な主観的体験である」
— 総論:仕事における孤立・孤独, 東京大学 川上憲人ほか J-STAGE
周囲との価値観のずれ
変化志向のイノベーターは、現状維持を重視する同僚や上司との価値観ギャップで疎外感を抱きやすいです。これは、ジーズアカデミーの調査でも実際に多くのイノベーターが「共感できる仲間がいない」「支援を得にくい」と答えていることからも示唆されています。
「イノベーターの約66.5%が孤独感や疎外感を感じている。それらを軽減するサポートとして“同じような活動をしている人のコミュニティ”が最も望まれている」
— ジーズアカデミー調査
社外との連携の難しさ
新規事業を進めるうえで社外の企業や専門家との協働は不可欠ですが、文化や価値観の違いや情報共有の壁で孤立を感じることがあります。外部ネットワークが孤独感の軽減につながるという指摘も、先のITmedia記事で「利害のない横のつながり」が非常に価値ある支えとなると論じられています。
「利害を超えた純粋な繋がりから、悩みや失敗を共有し、孤立感を解消する場が重要」
— ITmedia News(アドライト) ITmedia
組織のサポート不足
組織が新規事業に対して予算、人員、意思決定の柔軟性を欠いていると、担当者は孤立しやすくなります。これは、日本の人事・組織行動論に関する報告でも見られるテーマで、「人事担当者が職場内の孤独・孤立を予防策として検討すべき」という研究もあります。
「人事担当者は、孤独や孤立を“組織のコミュニケーション不足”“協力関係の欠如”と認識しており、予防策の検討が進められている」
— 企業の人事担当者が捉えた職場内の「孤独・孤立」―予防策の検討, 産業・組織心理学研究(2025) J-STAGE
2. 孤独を感じる原因
新規事業担当者やイノベーターが孤独を感じる背景には、心理的・組織的・社会的な複合要因があります。
心理的な要因
完璧主義
完璧主義の人は高い期待を自分にかけがちで、不確実性の高い新規事業では特に精神的負荷が強くなります。これが孤独感の増幅につながる可能性があります。
自己肯定感の低さ
孤独感は自己肯定感とも密接に関係します。職場における孤独・孤立に関する産業精神保健の研究では、孤独がモチベーション低下や帰属意識の低下を引き起こすとされています。
「職場で感じる孤独感は、モチベーションや生産性、組織への帰属意識の低下を通じて、労働パフォーマンスに悪影響を及ぼす」
— 仕事における孤独への認知行動アプローチ, 産業精神保健(2025) J-STAGE
内向的な性格
内向的な人は人との積極的なコミュニケーションが苦手な傾向があり、組織横断や社外との連携が必要な新規事業活動で孤独を感じやすい可能性があります。
組織的な要因
評価制度の不備
新規事業の成果は、既存事業と比較して短期評価が難しく、既存の評価制度に合わないケースがあります。これが不公平感や孤立感を生む一因となりえます。
情報共有の不足
組織内で新規事業に関する情報が十分に共有されていなかったり、異なる部署間の壁が厚かったりすると、担当者が孤立を感じやすくなります。
相談できる相手の不在
組織において新規事業担当者が相談できるメンターや理解者がいないと、孤立感は深まります。人事や上司による対話機会やメンタリング制度が不足していることが、調査でも指摘されています。
社会的な要因
ロールモデルの不在
社内外に「自分と同じように事業を創ってきた先輩」がいない場合、新規事業担当者は将来への不安や孤立感を抱きやすくなります。
社会的な認知度の低さ
新規事業やイノベーションの価値が組織内・社会的に十分に認知されていないと、「自分のやっていることの意義」を感じにくくなり、孤独を強く感じることがあります。
3. 孤独を乗り越えるために
新規事業担当者やイノベーターが孤独感を軽減し、創造性を維持しながら活動を継続していくには、以下のようなアプローチが有効です。
社内外のコミュニティへの参加
自分と同じような挑戦をしている仲間とつながる場は、孤独感を和らげる重要な支えとなります。先述のITmediaの記事でも、利害関係を超えた純粋なつながりのネットワークが、精神的支えとして非常に価値があるとされています。
メンターの活用
経験豊富な先輩や上司、あるいは社外のメンターからの助言やアドバイスは、孤独だけでなく決断の重みを軽くする助けになります。これは、人事制度や組織のマネジメント構造を設計する際にも重要な観点です。公衆衛生の研究でも、組織側が管理監督者・従業員レベル双方での支援を構築することが推奨されています。
— 職場における孤独・孤立のメカニズムと対策, 川上憲人・島津明人・江口尚 医学書院
自己肯定感を高める
自分の強みやこれまでの成功体験を振り返る習慣を持ち、自己肯定感を育むことは、困難な状況でも前向きなマインドセットを保つ助けになります。
組織への働きかけ
評価制度の見直し、情報共有の促進、相談制度の整備などを通じて、強制されるだけでなく主体的に環境を改善することが大切です。人事や経営層への働きかけは、新規事業担当者自身の孤独を減らすだけでなく、組織文化全体を変える力になる可能性があります。実際、人事担当者自身が孤独・孤立を認識し、予防策を検討する研究も報告されています。 J-STAGE
小さな成功体験を積み重ねる
大きな目標だけでなく、小さな成果をひとつひとつ積み重ねることで、自信とモチベーションを維持できます。
自分の情熱を再確認する
なぜ新規事業に取り組んでいるのか、何を実現したいのかを定期的に振り返ることで、内発的動機を強化できます。
休息とリフレッシュ
心身が疲弊すると孤独感は増しやすいため、適度な休息とリフレッシュの時間を設けることが必須です。
4. まとめ
新規事業担当者やイノベーターは、組織の中で新しい価値を創造するという非常にチャレンジングな役割を担っています。その過程で感じる孤独は、心理的・組織的・社会的な複数の要因から生じるものです。
しかし、孤独は克服可能な課題でもあります。社内外のコミュニティ参加、メンターの支援、自己肯定感の強化、組織への働きかけ、小さな成功体験、リフレッシュなど、多様なアプローチを組み合わせることで、孤立感を軽減し、創造性を維持しながら前進することができます。
最終的には、個人としての孤独感を乗り越えるだけでなく、組織全体で「共感があるネットワーク」や「対話文化」を育てていくことが、新規事業の成功と組織の持続的成長につながるでしょう。