孤独なイノベーターの物語
「また、誰も理解してくれなかった…」
社内で新しいアイデアを提案しても、賛同者はほとんどおらず、仲間を募ろうとしても思うように集まらない。ようやく集まった仲間も、プロジェクトが進むにつれて離れてしまう。批判や反論にさらされ、前に進むたびに心が削られていく。ローンチまで漕ぎつけても、結果が出なければ「ほら見たことか」と言われ、成功しても正当に評価されないこともあります。
これは多くのイノベーターが経験する孤独です。あなたのアイデアの価値とは関係なく、孤独という環境が前に進む力を奪ってしまうのです。
この記事は、社内で革新的なアイデアを追求しながらも、なかなか周囲の理解や共感を得られず孤独を感じているイノベーターに向けて書かれています。アイデアをオープンなプロジェクトとして公開し、外部からのフィードバックを取り入れることで、孤独感を軽減し、独りよがりな検証から脱却し、最終的に目標達成への道を切り開くことができるというメッセージを、私自身の経験を交えながらお伝えます。
孤独との闘い?イノベーターの宿命か?
新しいアイデアを生み出し、それを実現しようと奮闘するイノベーターは、しばしば孤独を感じます。それは、周囲の理解を得られない、共感してくれる仲間が見つからない、批判や反論にさらされる、といった状況に直面することが少なくないからです。
学術的にも、孤独感または組織内での孤立がイノベーションや企業家活動に深刻な影響を与えるという報告が増えています。
たとえば、ロンドンのファッション系起業家を対象にした研究では、起業家が感じる孤独(entrepreneurial loneliness)と社会資本(social capital)との相関が指摘されており、制度的・人的ネットワークの欠如が精神的負荷を高める要因になっていることが示されています。
“Social capital … bonding social capital appearing to reduce loneliness and isolation while bridging social capital …”
— Beki Gowing, Ashley Evenson, Social Capital and Entrepreneurial Loneliness: Mapping the startup journeys of London-based fashion entrepreneurs
実際、私もかつて、社内で新しいプロジェクトを立ち上げようとした際、同じような経験をしました。最初は意気投合した仲間も、プロジェクトが進むにつれて徐々に離脱していき、最終的には私一人だけが残されました。社内からは「そんなのうまくいくはずがない」という声が聞こえ、批判や反論にさらされ、なかなか前に進むことができませんでした。
ローンチまで漕ぎ着けても、結果が出なければ「ほら見たことか」と言われるのではないかという不安に苛まれました。そして、もし失敗したら、もう後戻りはできないのではないかという恐怖感に襲われました。
私がその過程で味わった孤独感は、今でも鮮明に覚えています。そして、成功しても、それが正当に評価されるとは限りませんでした。
孤独が生まれやすい状況・環境
今振り返ると、私が感じた孤独には根拠があるものではありませんでした。そもそも新規事業は不確実性が高く、先が見えないあやふやとした挑戦です。これまでの商習慣や業界の常識に凝り固まった組織の中、社内政治などといった複雑な状況の中を潜り抜けなければなりません。たとえ、きれいなビジュアルで資料を作って論理的に説明しても、このような複雑で組織内外の力関係が絡み合った現場では、共感を得ることはできません。このような高い壁にぶつかり、後ろ向きなコメントにさらされて、次第に孤独になっていたようです。
実際、これまでの常識と異なることを主張したり発言するイノベーターには批判や反論が重くのしかかるものです。その孤独感から意思決定が鈍ってしまったり、孤独を恐れて迎合した結果市場機会を逃す可能性もあります。あるいはイノベーターが頑張って集めた協力者が離れるたびに孤独感が増し、モチベーション維持が難しくなったり、組織内外の事情や力関係が邪魔して実際のユーザー・ニーズからズレを生むことがあります。
はっきり言って、社内の意見は必ずしも正しいとは限りません。私は、イノベーションを起こすためにはイノベーターの孤独を解決することが、もっとも重要なのではないかと考えています。
イノベーターが孤独を感じる背景には、いくつかの典型的な理由があります。
- 既存価値観との衝突
新しいアイデアは、既存の常識や文化と対立しがちで、共感を得にくい。
高リスク・不確実性イノベーションには予測不可能性が伴い、周囲の人は慎重に構えがち。
異なる思考様式イノベーターは独自の視点を持つことが多く、同僚とのコミュニケーションや共感が難しい。
また、起業家や創業者が感じる孤独には「存在の孤独(existential loneliness)」という深い情緒的側面があると指摘されています。Sifted の記事では、ある創業者コーチは、「創業者には文字通り話し相手がいない…。彼らの周りのステークホルダー全員に特定の利害関係があるだけ」と語っています。起業の過程で孤独を公言できる第三者(コーチ、メンター、ピアグループなど)の存在がどれほど重要かを改めて示しています。
“Founders have literally no-one to talk to … every stakeholder around them has a specific interest.”
— Julius Bachmann(創業者コーチ) Sifted
この観点は、創業者として組織の「中心」にいるがゆえの特殊な孤立感を示しています。
オープン・イノベーションが新規事業担当者を孤立化しない仕組みになりえる
現在のオープン・イノベーションの動向を鑑みると、私は、(完全ではないものの)新規事業担当者が孤立しない仕組みとしても使うことができると考えています。
オープン・イノベーションでは企業間での技術や知見の交換が行われる中で、それぞれの担当者が抱える課題意識を共有することができます。その中で、担当者の孤独を癒すような交流が生まれることがあり、協力してプロジェクトを前にすすめることができるかもしれません。
オープン・イノベーションの研究としては、例えば、ヘンリー・チェスブロウ教授が提唱したオープン・イノベーションの枠組みでは、企業は「社外からの知見・技術を積極的に取り込む(Inbound型)」だけでなく、「自社の未活用技術を社外に提供して共創する(Coupled型、Outbound型)」ことが重要とされていますし、実際、東海大学の研究でも、企業の研究開発投資は社外組織とのコラボレーションを通じて増加傾向にあり、自社だけではなく社外アクターとの協働がイノベーションにとって不可欠であることが報告されています。
また、顧客自身をイノベーションの「共創者(co-innovator)」とみなす考え方もあります。たとえば Satish Nambisan は、顧客が製品のアイディア出し、設計、テスト、普及などあらゆるフェーズで参加可能な「Virtual Customer Environment(仮想顧客環境)」の概念を提唱し、これが実際の共創の仕組みとして成立することを示しています。オープン・コラボレーション(Open Collaboration)という概念では、だれでも参加できるオンライン・コミュニティ(オープンソース、フォーラムなど)がイノベーションの重要なプラットフォームになると主張されており、組織の境界を超えた協働が現実の成果を生んでいる実証もあります。
有名な例では、ソニー・モバイルはオープンソース・コミュニティと協働して、自社の技術資産を共有しながら新たな機能や品質向上を実現していました。
こうした理論や実践はまさに、「社外=味方」があなたのアイデアに賛同し、ともに価値を創り出す可能性があるという主張を強く支えるものです。社内のサポートが得られないときこそ、社外の人々(ユーザー、専門家、他の起業家)にアイデアをオープンにし、意見を求める価値があります。
オープンなプロジェクトとして公開することが孤独を癒す
ただし、オープン・イノベーションでは、企業同士がお互いの技術を補完しながら課題解決することを主眼に置いているので、イノベーター自身の孤立化の解消は副次的な効果にすぎません。それぞれ企業の事情によって公開できる情報などは制限されるため新規事業担当者本人がコントロールできる範囲が小さく、企業間のコミュニケーションが必ずしもイノベーターの背中を押したり勇気づけたりするとは限りません。そもそも、イノベーターがオープン・イノベーションで進めたいと思っても、簡単に協業先が見つかるとも限りません。
ある研究では、こういったイノベーター自身の孤独を解決する手段としては、コミュニティなどが一つの鍵になると言われています。たとえば、起業家は、起業家コミュニティに身を置くことで、同じような孤独や苦悩を抱える人とつながることができると言われています。Forbes の記事でも、「起業家が一番効果を感じる対処法は、起業家同士のコミュニティを作る/参加すること」であると述べられています。フォーブス
起業家と企業の新規事業担当者とは孤独の種類や度合いが違うと思うかもしれませんが、企業の新規事業担当者が(本来仲間である集団や組織の中で毎日のように反対意見にさらされる環境の中で感じる)孤独を解決する方法は、起業家の孤独への対処方法で解消されるかもしれません。つまり、起業家同士のコミュニティと同じように、新規事業担当者のコミュニティに参加することが効果的だと言えると思います。
つまり、プロジェクトを公開して活動内容や進捗を公開することで、共感する仲間を見つけたり、客観的な視点・意見を得られたり、勇気づけてもらったり励ましあうことでモチベーションを維持することがでできます。自分と同じような悩みを共有することで、外部から背中をしてもらったり、フィードバックやつながりを生み出すことが重要なのではないでしょうか?
新規事業担当者のコミュニティへの参加
- ・オンライン/オフラインの起業家コミュニティに参加して、本音を共有する機会を持つ。
- ・コーチやメンターを見つけて、定期的に相談できる関係を築く。
オンライン発信
- ・ブログやSNSで、自分のアイデア・進捗・悩みを発信し、外部からのコメントや共感を募る。
- ・勉強会やピッチイベントなどでプレゼンし、フィードバックを得る。
プロトタイピング+ユーザーテスト
- ・プロトタイプを早期に作って、ユーザーに試してもらい、率直な意見を受け取る。
- ・クラウドファンディングを活用することで、市場からの反応を可視化し、支援者(仲間)を獲得する。
自分のケアと自己理解
- ・孤独を感じたとき、自分が取り組んできたことを振り返る。
- ・自分への前向きな意見やコメントを読み直す。
孤独を乗り越えるためには、外部に味方につくること
孤独を乗り越え、アイデアを前に進めるための鍵は、外部からのフィードバックです。私の経験上でも、新規事業を立ち上げる時の味方は、多くの場合社内にはほとんどおらず、社外にいることがほとんどでした。これはオープン・イノベーションの理論・実践が示すところでもあります。外部からの声は、イノベーター自身にも以下のようなポジティブな変化を促すのです。
視野が広がる
他者の視点や経験を取り入れることで、自分のアイデアが偏っていないかをチェックできる。
柔軟性の向上
他者の意見を通じて、必要に応じてアイデアをピボットしたり、方向性を変える勇気が生まれる。
コミュニケーション能力の強化
多様なステークホルダー(ユーザー、共同創業者、メンターなど)と関わることで、自分の考えを伝える力が鍛えられる。
精神的な支え
孤独を分かち合える人や共感してくれる仲間がいることで、心が軽くなり、継続力が強まる。
自己信頼の醸成
応援やフィードバックを受けることで、自分のビジョンと自分自身への自信が深まる。
イノベーターの道には、孤独がつきものです。しかし、それを 単なる障害 として扱うのではなく、成長のエンジン に変えましょう。外部の声を積極的に取り入れ、本音で語れるコミュニティを持つことで、孤独は孤立ではなく連帯へと変わります。自社内では背中を押してもらえないなら、社外に仲間を作り背中を押してもらいましょう。あなたの熱意を伝え、活動を見える化すれば、背中を押してくれる人たちが必ずいます。
勇気を持ってあなたの思いを オープンに発信してみてはいかがでしょうか?そして、孤独で行き詰まった時のためにも、いつでも相談できる状況を作っておきましょう。